CorottyBlog

フレンチブルドッグとの生活や、日々思うこと、感じたことなどを更新します。

うつ病から寛解状態へのきざし ⑦怒りの感情と向き合う

 こんにちは、Corottyです。ダイエット、体力作りに励んでいたのですが、生理前に体のだるさと疲れのためかまたちょっと身動きがとれず「ドボン」した状態に・・・

気力が湧いてこず、食欲も3日に1回湧くかどうか。毎日の夕飯を考えるのもおっくう。とにかくめんどくさい。そんな状況になっております。

月1回の精神科受診

 ちょうど仕事を休みはじめたのが1年前。当時は「死にたい」という感情と「自分でないだれか」が表にいるような感覚でかなり錯乱していました。心療内科のある病院に行き、最初の面談とカウンセリングで精神科の受診となりました。かれこれ1年。当初、自分ではない行動、発言、考え方、感情のコントロールが効かない、いわゆる狂ってしまったような状態だったのが懐かしい。自分が自分じゃないみたいで、違う人間がいるような感じなんです、というと医師は「あなたはあなたです」とキッパリ。

 当初のあの分裂したような感覚はほとんどなくそんなこともあったなあって感じです。そして、退職してから4か月がたちました。

「運が悪かった」「そこの環境が悪かった」と考えられるようになった

適応障害というものだと言われ、その環境から距離を置いても気持ちを離すことができずにいた。図書館なんて二度と行きたくない、だらしのない人間ばかりだ、働く女性にろくな人はいない、なんて悲観的に思い、またその気持ちを否定したり、納得ができずにもやもや。最近は特にフラッシュバックがひどくて行動ができなくなり寝込んでしまう始末。医師にその気持ちを話した。

「そのうち、その気持ちも変化してきますよ」

たまたまその職場が悪かっただけで、他は違うかもしれない、と思えるようになった。だけど、突然イライラしてしまったり怒りの感情が湧いてきたり、不安になったりしてしまう。「何が原因だと考えますか?」と聞かれた。

うーーーーん。。。

また同じことになるんじゃないか、とか、…「許せない、悔しい」っていう気持ちが強いんだと思います。

と伝えると、医師は「その気持ちもそのうち変わっていきますよ」と言ってくれたのだ。今回の受診は、その言葉がスーーーっと入ってきて、ああ、そうか。と素直に感じることができた。そうなってほしいですしね。

怒りの感情の処理

世間では「アンガーマネジメント」とか「怒ってはいけない」などをはじめ、「怒り」「キレる」などのネガティブな事件で「怒る」ということが悪とされている。もちろん怒ることが良くないイメージはみんな持っていると思うのだけど。

怒りというのが必ずしも、「大声を出す」「怒鳴る」「暴力をふるう」「暴言を吐く」だけではないと思うのだ。いわゆる「もやっとする」「ピリつく」「ムカつく」「いやだと思う(拒否)」ことも怒りなのではないかと。こんなにも身近に怒りの感情があるのだとそれをごまかすのも限界があるし、見て見ぬふりをする、知らないふりをする、気づかないふりをする。「いやな感情を抱くのは悪い人間だ」と自分で自分を制御して苦しめる。

カズ姐さんのこの動画がとてもしっくりきてなるほどなあ!と思ったのです。

youtu.be

怒りと向き合えるようになってから復帰したい

「不機嫌な顔を見せるな」「不機嫌な態度をとるな」「人の気持ちを考えろ」

 もちろんそうなのですけれど、それができない今はそれが出てしまう。もちろんこの状態で社会に出たら他人に危害を与える可能性もあるし、間違いなく「不快な人間関係」をつくるに違いない。この状態では社会復帰は難しいだろう。

SNSモラハラパワハラの話を聞くとみんな怒りの処理できてない

 SNSの情報をみていると、被害を被っている人の話を聞いているとどう考えてもハラスメントをする側の問題が強くみえる。正確に言うと被害を受けている人と噛み合ってしまってる、という点も問題なのだけど、社会生活にでていてなんで自分の感情をコントロールできず、秩序を乱す人がこんなにも多く会社にいるのだろうと驚愕している。

 組織の中の問題の種であるにも関わらず、振り回され被害を受けたほうが組織から出ていかなければならない。「会社にってみんな仕事をしないでなにしてるんだろう?」と思ってしまった。

怒りの感情は無視をせず、ふたをせず、向き合うこと

怒ってはいけない キレてはいけない

だけど怒りの感情は無視をしてはいけない。

 実は、先日の受診で「悔しい、許せない」という気持ちがある、ということを人に話したのはこの頃が初めてだったかもしれない。罵詈雑言、不平不満は言葉を変えて果てることなく出てくる。出来事を交えてフラッシュバックのように一つ一つ鮮明に。

それが何なのか。「悔しい」「許せない」なのだった。

じゃあ、その許せない気持ちは、相手を刺し殺したいほどなのか。建物を爆破させたいくらいなのか。そこの人間が全員死ねばいいのか。

冷静に考えたらそこまでするリスクはどうだろうか、というと「そこまでするほどの恨みではない」と思える。でも嫌だわ。嫌いだわ。好きじゃない。合わない。

そんな感じだ。

そこは、スラムだったんだよ~

友人とかわすLINEで、「そこはcorottyちゃんには合わない場所だったんだよ。例えていうなら無法地帯のスラムみたいなところ!国も文化も習慣も全く違うようなところだったんだよ」と言われ、怒りにかられたときはそう思える余裕もなかったのに案外そんな言葉がスーッと入ってきた。

自分にとって「スラム」って言葉がぴったりくる。なんだか善意も配慮も、相手を思ってしたこともすべて吸い取られむしり取られ、挙句に足元をけって転ばされ、批判され文句ばかりを言われる。本当にゴミ箱にされてたのだと。

こんなひどい扱いをされ、それを甘んじて受けてそうさせてしまった自分。いろいろ反省する点が自分の中に見えてくる。

行動のモチベーションに恐怖を除いていく

必要以上に「嫌われたくない」「好かれたい」のようなものはなくして人間関係を築く。人と争う必要はないけれど無理に付き合う必要はない。無理に仲良くしようとしなくていい。

今後必要なのは、社交関係の中でのマナーや礼儀なのかなと考えました。

相手に好かれるかどうか、ではなく、不快な関係を作らいないようにすること。

大人になってから友人をつくることは難しいが、社交関係をよくしていくことはできるかもしれない。そんな目標ができました。